「この世の現れ全てはスピリチュアルである」というのはきっと本当でありましょうが、私の中にくすぶるモヤモヤ感にここのところ向き合っています。
太極から陰陽を生じて出現したこの世界は、私たちが肉体とスピリットの陰陽から成り立っているように、この世界も物質世界とスピリットの陰陽で成り立っているのでありましょう。
私たちはやがて時が来ると、肉体とスピリットを分離させることで肉体は死を迎えるわけですが、そのようにして見ると、今の物質世界はスピリットを失った死体だらけに見えてなりません。
日本人は古来、死を穢れとみなして来ました。
しかし「穢れ」は「汚れ」ではなく、「気枯れ」である、と神主の友人に教わりましたが、今の混沌した世界はカミとの繋がりを自らの手で断ち切った、穢れ=気枯れの世界なのだなあ、としみじみ感じています。
つまりは、そこもかしこも死んでいるのです。
立派に栄えているように見えて、死体が積み上がっているだけなのです。
日本人の霊統はカミの分霊(ワケミタマ)です。
そのために、穢れを何よりも忌んだのですね。
カミの分霊たる己を穢さないよう。
それは、アカキ、キヨキ、ナオキ、タダシキというエッセンスゆえです。
外国の良きところを見習うも良いと思いますが、この根幹を忘れると日本の霊的軸を失うように感じています。
あらゆる場所に進入して破壊し穢れをもたらすものたちを、今日本人は浄め祓い、禊祓い、アカキ、キヨキ、ナオキ、タダシキとすることが、必要なのかもしれません。
( ˘⊖˘) 。o( ホワホワ)
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